2011-03-20

夢の話 4

夢の中だけに存在する街がある 
その街へ行くたび自分がいかにそこに住み慣れているかに驚く 
乗り慣れた電車、よく知った街並み、ビルから見るお気に入り の眺め、好きでよく通る路地裏、
行きつけの喫茶店のあの落ち着く匂いと灯り、見知らぬ親しい人も住んでいる 
現実では心当たりのない不思議な街

ある夜、夢の中のその街で起こった話 (4/4)

(2008年5月の記事を転載)







ミエコ・4



喉にしみる、と言いながらもミエコはグレープフルーツジュースを一気に飲み干すと店員を呼び、もう一度グレープフルーツジュースを注文した
オレンジ色の柔らかな明かりが灯るのこの喫茶店にはこんな時間だというのに客がちらほらいて、皆一様に何かを待つように何かに耐えるようにペルシャ柄のソファーに深くもたれていた
私は熱いブレンドが胃に広がるのを感じながら、ミエコが今日死んだら私は悲しいだろうか?と考えてみて……笑った
「……おかしい、ですよね」
ミエコは慌てて乱れた髪を手で梳いて、冷たくなったおしぼりを腫れた目に当てた
「うん おかしいね」
全然話がかみ合ってない私とミエコが、
知らない人間に散々連れまわされたのに平気な顔してジュースを飲むミエコが、
さっきまでなりふり構わず喚いていたのに今はもう髪型を気にするミエコが、おかしい
もっとも……一番おかしいのは私だけれどね、と今更何に対して繕うつもりなのか、ポーチを取り出し化粧を直しだしたミエコに私は心の中で言った
ミエコが死んだら少し悲しいかもしれないと思い始めてる自分が一番……おかしいんだけどさ






それからしばらく私達は他愛もない世間話をした
私が出雲行きのエクスプレスに乗り損ねた話をすると、ミエコはふぅんと言って何かを考えるように僅かに黙り、唐突に言った
「私、帰ります」
タクシー拾えるかなぁ、とか言いながらミエコはさっさと帰り支度を済ませ、
「こんな格好じゃ明日会社に行けないから  今なら急いでお風呂に入って……少し眠れるかも」
と、唖然としてさぞ間抜け面だったろう私に言い、残りのジュースを飲み干した
「会社?  だって」
死ぬつもりじゃなかったの?と言いかけた私を気にもしないでミエコが続けた
「明日夜9時にここで待ち合わせしませんか?」
私の返事など待つ素振りも見せずに――とはいえ待たれてもろくな返事など出来やしなかっただろうが――ミエコは楽しそうな声で更に続けた
「明日会社にはしばらく休暇をもらいに行ってきます  そしたら行きましょうよ、出雲、一緒に
今日乗り損ねたっていう、そのエクスプレスに乗って」
いったいどうしてそういう話になるのか突然すぎる展開がおかしくて口を開いたら笑いだしてしまいそうなので黙っているしかなかったが、
ミエコの笑顔を前にして私はこの出雲行きは提案ではなく既に決定事項なのだと悟った
その決定を下したのが誰なのか……泣き腫らした赤い目で曇りなく私に笑うミエコなのか、
ミエコの中にある悲しみ以外の輝きを認めつつある私なのか、
あるいはもっと他の何かなのか……分からなかったが
「あ、そうそう」
財布を出していくらかのお金をテーブルに置き、
「もう死ぬつもりなんてどこにもないから  大丈夫です」
心配かけました、それじゃ明日  そう言ってミエコは席を立ち足早に喫茶店を出て行った
その靴音とドアベルの音が消えると途端に淀んだ静けさが膨れあがり店中を占め、オレンジ色の光は重く圧し掛かり私をソファーに沈ませた
ミエコのいないスカスカとして物足りない向かい席をぼんやり見ながら、なんだこの夜に置き去りにされたのは私のほうかと思いひとりニヤついた
ミエコには私が心配していたように写ったのだろうか、私はミエコが心配だったのだろうか 
きっと明日もこんな風に私とミエコはどこかズレてかみ合わないまま旅行の話をするのだろう
そういえば、と冷めたブレンドを飲みながら私はミエコに名前すら聞かれなかったことに気がついた
ミエコは私の名前を知らないことにいつ気づくだろうか……そう思うと待ち合わせが余計に楽しみになった気がした









(終)





2 コメント:

えるさん さんのコメント...

続きが楽しみだったお話でした(・∀・)オモシロカタ

chiki さんのコメント...

アラヤダ 今頃コメントに気がついちゃった!
激遅でゴメンナサイ~~!!

ありがと❤ 例のヤツ、また勝負しようぜ!

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